岐阜県高山市に広がる飛驒民俗村 飛驒の里は自然と伝統が織りなす歴史と文化の宝庫。心温まる野外博物館で、飛驒の風土と古き良き暮らしに触れよう。

用語解説

用語解説(ア行)

漆掻き(うるしかき)

漆の木は、岩場のやせ地で山畑にもならない所に生える。ウルシカキというのは漆(ウルシ)の木から漆液を採取する仕事で、主として北飛驒の河合村・神岡町・白川村北部、南飛驒では小ヶ野・和佐などで行われた。その中でも「山中」といわれる河合村の角川・保・羽根・有家などの集落が多量に産出した。また、神岡町の東漆山、西漆山はその名のとおり漆の多い所だった。

飛驒の漆掻きは越前(福井県)からくる漆掻き人足によって始まったといわれている。その後、羽根・保などの集落の人によって採取が行われるようになった。 漆掻きの行動範囲は4キロ四方といわれ、その範囲の中にある採取できる20年前後の木を買い5月から10月頃まで幹から採取する。11月に入ると枝を切って束ね、乾燥しないように水に漬けておいて、この枝から冬の期間中漆液を採取する。 また、漆の実からはロウ(蝋)がとれるため、大切な財源だった。実を加工せず、漆実として出荷する集落や、加工して漆粉として売る場合、ロウとして売る場合、ロウソクにまで完成させて売る集落もあった。漆粉を作るには、臼に実を入れて杵でついて粉砕する。粉砕した漆粉が散って部屋の中が滑るようになるので紙帳を張り巡らしてそのなかでついた。

蝋をつくるには漆の実を蒸し、これをシメキに入れて締め上げて、下から流れ出るロウを箱に流して固形にした。こうしてできた原料を高山や古川のロウソク屋に売っていたほか、越中(現富山県)、越前へも出荷した。白川村の荻町の農家ではロウソクにまで加工していた。(旧大野家住宅にて展示中)

江名子バンドリ(えなこばんどり)

江名子村(現高山市江名子町)で主に製作された蓑(ミノ・昔の雨具)。古く江戸時代初期から製作されたと伝承があり、ニゴ、シナの皮、麻を材料とする。バンドリの特色は、普通のミノとは違い「コシハナレ」といって、腰の部分と肩の部分が別れて、別々に体に固定するため、大変作業がしやすいところ。この地方の方言「バンドリ」とは空を飛ぶムササビのことをいい、着用した姿から連想された。現在、制作技術の伝承がなされており、高山市の無形民俗文化財に指定されている。

用語解説(カ行)

唐臼(からうす)

臼を地に埋め、横木にのせた杵(キネ)の一端をふみ、放すと他の端が落ちて臼の中の穀類などをつく装置。ふみうす。「広辞苑」より

きつね格子(きつねごうし)

きつね格子(千鳥格子ともいう)は木組みが縦横互い違いに編んだようになっており、350年前に飛驒の匠が考え出したものと言われている。荘川村六廚(むまい)軽岡峠にある地蔵堂に取り付けられたが、長い間その仕組みは謎とされてきた。明治の初期に高山の大工が一部を壊して、ようやくその秘密が明らかになった。匠神社のお堂には三方の壁にこの格子が取り付けられている。

郷(ごう)

律令時代の地方行政区画の末端の単位。→郷里(ゴウリ)制。
昔の郡内の一区域。数村を合せたもの。←これに該当 さと。いなか。

コウゾ蒸し小屋(こうぞむしごや)

紙漉き小屋の横には、釜や上から吊り下げられた変わった形のオケがあるコウゾ蒸し小屋があります。ここでは湯だった釜の上に細長いコウガオケをかぶせ、その中で和紙の原料となるコウゾやミツマタを蒸しました。コウゾやミツマタを蒸すことによって、樹皮をむきやすくしました。

小屋名ショウケ(こやなしょうけ)

飛驒地方でショウケと呼ばれるザルは主に、米穀類や野菜など水洗いした後に水を切るのに用いた。また、ショウケは米だけでなく、粟や稗、ゴマのような小粒なものを入れても通すことはなく水切りもよかった。毎日使っても、大切に用いれば20年は使用することができるほど丈夫で、飛驒中の一般家庭で愛用されてきた。

大野郡久々野町の小屋名集落で盛んに作られていることから、「小屋名ショウケ」と呼ばれている。 ショウケの材料は、縁にウルシやウズミの木の皮をむいて用いる。これらは粘りがあって自由に曲げることができ、水に強いことから好まれて使用された。縁巻きにはマタタビの木を細かく裂いたものを使い、網の部分は、スズ竹を用いる。スズ竹は矢を作った竹で、矢竹ともいう。まっすぐに育ち、節が低く、水にも強いため、ショウケで用いるには最適である。 スズ竹は古くは南飛驒の益田郡小坂町産のものを用いていたが、ここ近年は東美濃の付知町から購入している。古くは口のない「丸ジョウケ」とよばれるものだったが、明治20年頃からショウケに片口をつけた「口ジョウケ」とよばれるものが作られるようになった。

用語解説(サ行)

四方転び(しほうころび)

鐘楼・水盤舎などの四隅の柱、または踏み台の4本の足のように、上方において平面中心方向に同程度傾斜しているのをいう。「転び」とは柱などの傾斜の状態をいう大工用語。

用語解説(ナ行)

南方山と北方山(なんぽうやまとほっぽうやま)

南方山と呼ばれる乗鞍岳・御嶽山麓に広がる森林地帯では、益田郡小坂町や現在の大野郡高根村にあたる阿多野郷の人たちが木材の伐採や輸送に精を出しました。切り出した材を太平洋側へ流れる益田川に流し、木曽川を経て愛知県名古屋市熱田の白鳥港まで送りました一方、分水嶺より北側、北方山と呼ばれる北アルプス山麓の森林地帯では、現在の上宝村、神岡町にあたる地域の人たちが杣・木挽仕事に従事しました。切り出した木材を日本海側へと流れる高原川に流し、神通川を経て富山湾にある岩瀬港まで送りました。飛驒ではこうした山で仕事をする人々を「山方衆」と呼んでいました。

用語解説(ハ行)

ヒノキの壁飾り(ひのきのかべかざり)

大野郡宮村では、ヒノキやイチイを薄く裂き、約5~6mmの幅にそろえたヒデ(経木)を編んだ編笠が盛んに作られました。なお、4月から10月にかけての土曜・日曜・祝日にはヒノキ笠の製作実演が旧紺谷家でおこなわれています。

ベンガラ

【Bengala オランダ語・弁柄】
(インドのベンガルに産したことから) 赤色顔料。さびどめ・塗料・ガラスなどの研磨剤に用いる。成分は酸化第二鉄。紅殻(ベニガラ)とも言う。

用語解説(ラ・ワ行)

ワラ打ち石(わらうちいし)

 わら細工のために農山村のどの民家にも、玄関であるドジの片隅に石が埋め込まれていた。これの上でワラをキヅチでたたき、細工しやすい状態にした。

ワラ細工(わらざいく)

その昔、夜の長い冬がくると、いろり端で夜なべをするのが当然の日課だった。夜なべ仕事のなかでも、わら細工を製作するワラ仕事がもっとも多かった。 まずワラをワラ打ち石の上にのせて木槌でたたく。そうすることでワラが柔らかく細工が容易になり、しかも折れにくくなって丈夫になる。ワラスキですいてハカマ(株もとの葉)をおとす。また、バンドリなど作るものによってはニゴ(ワラの穂先部分)を抜いて、その部分だけを用いた。

こうして加工したワラを用いてさまざまな道具を作った。ゾウリ、ワラジ、炭ゴモ(木炭を入れるこも)、米俵、ムシロ、縄、ホウキのような一般的なものから、テゴ、ネコダ、ミノ、また冬の必需品であるズンベ、ウマノワラジなど。これらを自家用にしたほか売って収入を得ていた。ワラだけでなくスゲ、シナの皮、山ブドウの皮、麻などを編んだり織ったりして、砥石を入れる袋やハバキ(すね臑当て)、スゲムシロなどを作った。大野郡宮村では、ヒノキやイチイを薄くへぎ、2分前後(約5~6ミリメートル)の幅に裂いだヒデ(経木)を編んだ編笠が盛んに作られた。4月から10月にかけての土・日・祝日にはヒノキ笠の製作実演を旧紺谷家で行っている。

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