旧野首家の身体測定
- サイズ
- 桁行15.2m 梁間10.8m
- 仕様
- 榑葺き(板葺き)切妻造
- 外観の特徴
- 両面に下屋が附属。榑板の上には石が置かれている。
旧野首家住宅は今から約300年前、元禄8年(1695)の検地帳や当時の絵図にすでに記載されており、それ以前に建てられたと考えられています。飛驒民俗村で最も古く歴史のある民家です。
外観は、緩やかな傾斜の石置榑葺屋根で、旧田中家や旧中藪家と似ており、飛驒中央部に多く見られる典型的な民家です。ほとんどの建築材はアカマツで、一部にクリを用いていますが、江戸時代、当地域の民家では一般的だったようです。土台はなく、垂木はもともと藤の蔓で縛ってありました。
内部は土座形式のオエを中心とした間取りです。入口から左側へは土間が広がり、マヤや作業場であるニワが配置してあります。オエの右側には板の間のデイ、奥にはその名のとおり「ナカオク」、「オク」と呼ばれる板の間の部屋が並びます。壁は板張りで窓は少ないため屋内は非常に暗く、明かりなしではなかなか中の様子がわかりません。そんな旧野首家の入口には「ザットナデ」と呼ばれる壁を持たない独立した柱があります。この不思議な柱は、明るい外から暗い屋内に入ってきたとき、目が慣れるまで寄りかかっているためのものだといわれています。
民家の文化的価値とは別に、旧野首家には移築復元に至るまでの経緯にも価値があります。移築の話が持ち上がった昭和37年の高山市は財政難で、その余裕はありませんでした。それを救ったのが日本各地の画家、彫刻家、陶芸家、書家の74名でした。皆さんに寄付していただいた作品を競売にかけ、資金を作ったのです。旧野首家にはその74名の名前を刻んだプレートを掲げて感謝の気持ちを伝えています。